デザイン・広告

2009.03.29

エビフライのしっぽ

エビフライも「しっぽ」がなければ
ウンコに見えないか。

とは、仲畑貴志さんの名言。

たしかにエビフライのしっぽまで
食べる人は少ないかもしれない。
でもこの「しっぽ」が大事なのだ。

何においても不要だからと
切り捨てていいわけではない。

エビフライのVI(ヴィジュアルアイデンティティ)
視覚的にエビフライならしめているのは
エビの「しっぽ」というわけ。

コピーは短いほうがいい。
デザインはシンプルがいい。

そう思われがちだけど
言葉やデザインに込めた意図は
削ぎ落とされた機能だけで
伝わるわけではない。

エビフライのしっぽが投げかける疑問は
じつに重い。

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2008.11.03

広告のカタチも進化する

「広告批評」が休刊するという話は
以前ブログにも書いた。

「広告」がテレビCMを中心とした
マスメディア広告のもの
だけではなくなったことは
そのときにも話に触れたけど。

CMという枠組みだけでとらえても
メディアはテレビだけに限らず
インターネットを使った広告展開。
あるいは双方を組み合わせたり
アプローチの方法も
ここ数年でかなり変化してきていると思う。

別の角度で見てみると
CIやVIといった企業のアイデンティティ。
PRやIRなどのコミュニケーションツール。
(厳密に言うとPRとIRは別目的のものだけど)

すなわち企業をあらわすもの。
表現が広告の機能を果たしている
と言えるかもしれない。

「広告」の領域が
いろんなメディアに
どんどん拡がっている
ということになるのだろうか。

なんか結論の出にくい話になってしまったな。

最後におまけ。
何の関係もなさそうなテレビCMも
企業イメージをつくる例になるかな。
これは↓

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2008.06.26

今は亡きCMディレクター

たまたま朝日新聞を見ていたら
「杉山登志」というCMディレクターの話が
掲載されていた。

1960〜70年代。
資生堂のCMをはじめとして
モービル石油などのCMを
つくっていた人らしい。

ボクは記事を読むまでは
CMを多少知っていても
彼のことをあまりよく知らなかった。

1973年12月12日。
彼は自ら命を絶った。
享年37歳。

彼はメモ書き(遺書)を残していた。

リッチでないのに
リッチな世界などわかりません
ハッピーでないのに
ハッピーな世界などえがけません
「夢」がないのに
「夢」をうることなどは・・・とても
嘘をついてもばれるものです

CMディレクターとして
人として
苦悩し続けていたであろうことは
容易に想像がつく。

この人はきっと
自分に「嘘」をつけない人
だったのだと思う。

現実の世界は
バカ正直がバカをみる世界なのか。

同じように絶望して
命を絶とうとは思わないけど
なにか違和感みたいなモノは
どこかでボクも
感じているような気がする。

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2008.06.15

文字を描く

字を書くこと。

そういう機会は日に日に減っていて
最近ではもうほとんど
キーボードを打つことで
パソコン文字で済ませている。

たまに自分で書いた字を見ていると
愕然とする。

字が汚いとか。
そういう表現とは少しちがう。
形がなってない。というか。

普段から書く字がきれいというか
ステキな人がうらやましい。

字もひとつのカタチとして
きちんと捉えられること。
自分の「カタチ」として
落とし込めること。

もっと極端に言えば、
文字だけで成立するデザイン。

表現できれば
すごく気持ちいいやろなぁ。

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2008.04.27

SONYの海外CM

カラーボールを住宅街の坂の上から転がしたり。
家の周りにセッティングしたカラーペイントを噴出させたり。
ビッグスケールなCM。
それとは対照的に静かな音楽。

それらの続きかどうかはわからないけど。
今回もすごいね。

アンビリーバブル。

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2008.04.23

「広告批評」のことをちょっとマジメに語ってみる

「広告批評」という雑誌が、
創刊30周年の節目にあたる
2009年4月号をもって休刊になるという。

ここ数年で広告の枠組みは
転換期に入っているように思う。

そのことについては
2008年4月号の編集後記でも
以下のようにふれられている。

----
広告は今マスメディア一辺倒の時代からウェブとの連携の時代へ、
ふたたび大きな転形期を迎えています。
マスメディア広告と一緒に歩き続けてきた小誌としては、
このへんでひとつの区切りをつけたいと考えました。

----

テレビCMを中心としたマスメディア広告を
取り上げ続けてきた「広告批評」。
テレビCMだけが広告ではないけれど
絶大な影響力をもっていたからこそ
こういった本があったのだろう。

でも、以前から少しずつ
マスメディア広告だけで
「広告」を語ることはむずかしくなった。

そのことが鮮明になったと思った。

テレビCMがインターネットに置き換わっていく
ということではないだろうけど。
少しずつ状況は変わってきている。

そういうことなんだと思う。

----
個人的な感想としては、
学生時代から今に至るまで
気になる特集が組まれてたら
買って読んでいたので
休刊はさびしいかな。

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2007.10.12

「方法」から「体質」へ

「発想法」というのは、
最近でこそあまり耳にしなくなったけど
もうその種の話は出尽くしただろう
というくらい、耳にしたコトバだ。
この種の本は読んだことがないけれど、
この「方法」というところに違和感を感じていた。

この間読んでいた本で、
共感できる文章表現をみつけた。

自分のアタマを「発想体質」にしていく。

忙しければ、忙しいときほど、
そんな体質が欲しくなる。
忙しく仕事をしている人たちは
(クリエイティブに限らず)
きっとそういう体質を持ってる人も
多いのではないかと思った。

いわゆる「天才肌」の人も
一部にはいるだろうけど、
たいていの人は
努力なくして次々と
アイデアを思いついたりは
しないのではないかな。

かく言うボクも、
そういう「体質」に変えるべく
自分磨きをしているわけだけど…。
どうだろな。

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2007.09.30

わかった気になる

時間が少しでもあったら、
専門書を読むコトが多くなった。
それもビジュアル本よりは
文章で書かれている類。

「アタマでっかちになってはいけない」

と思っているのだけど。
つい反対の行動をしてしまっている気がする。
自分の考え方とか思っているコトに対する
疑問なり不安感があるのかな。

でも注意したいのは、
わかった「気」になるコト。
ちょっとした勘違い。

とはいえ、
話のネタとしてはちょうどいいので、
専門書も読みながら、
そこからも話を拡げていきたいなぁ。
と思っています。

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2007.08.26

人になにかを伝える

たとえば、
誰かに「好き」という気持ちを
満足に伝えるコトができる人は、
どれくらいいるだろう。

ボクには、きっとできない。

ましてや他人の言いたいこと、
何かを伝えるというコトを
どれだけ仕事の中で果たせているか?
考えるところもあるけど。

不器用だからこそ、
いろんな企てをして
なんとか表現に
目に見えるカタチに
しようとするのではないか。

それが人に伝わっているかどうか、
調べる術はないけれど。

何かを感じ取ってもらえる。
少しでも言いたいコトが読み手に伝わる。

自分がそのコトに対して
どれだけやれているか。
自問自答してみる。

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2007.08.25

思い描くイメージ

グラフィックデザインは、
主として人の「視覚」に訴えかける。

でも、それだけではなくて、
ページをめくるときの「紙の感触」。
紙にしみこんだ「インキのにおい」。

さらには、五官で感じたコトから
思い起こされる「記憶」も、
人それぞれのなかで描かれていく
「イメージ」に結びついていく。

グラフィックデザイナーの原 研哉氏は、
それを『情報の建築』と言っている。
どこか堅いけど、適切な表現か。

誰もが同じようなイメージを描けるように
伝えたいコトを感じ取ってもらえるように
イメージづくりのお手伝いをする。

その傍らで仕事をしているのだと
たまに思い返してみたら、
少し勇気づけられる。

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2006.10.09

リーフレットも美しく

061009

見た目が豪勢なリーフレットに
ふと手を伸ばしてしまった。

それは、SK-IIのリーフレット。
表紙はちゃんとP.P.加工を施してある。
タダで配るものなのに。

こんなところに関心するのは
印刷業界の人だけだと思ったりするけど。
高級な化粧品の宣伝には、
リーフレットでさえも手が抜けない
ということだろうか。

その広告費が商品に転嫁されているとしたら…。
それでも買うのだろうか?

ちなみに昨年ニューヨークに行ったときに
テレビでSK-IIのCMを見たけど、
日本で小雪さんが出ているのと違って
お寺で坊さんが座禅を組んでる風景だったような。

「日本の高級化粧品」
というのを売りにしてるみたい。

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2005.08.11

めざせ!ディレクター

最近お仕事で「ディレクション」なるものに挑戦中。
言葉の聞こえだけはいいのだけど、
あとデザイナーに恵まれていればいいのだけど、
実際はかなり胃が痛い思いをしています…。

制作やらせてるデザイナー(外注)とほぼ1日費やして
やりとりした表紙のデザイン案は結局ボツに。
次の日、別のアイデアを提案する必要があったため
ボクが朝イチ(業務時間外)提案用として短時間でつくる。
3パターンを1時間足らず。
これが、そのうちの2案が通ってしまう。

う〜ん。何かおかしい。
最初からボクが直接やったほうがいいのか?
向こうのデザインでさんざん言われたボクの立場は?
このデザイナーがいる意味は?
単なるオペレーター?
もういろんな疑問が渦を巻いています。

中のページはボクが直接やるかどうか
(もうこうなると時間があるない関係ないわ)
真剣に悩み中。

あ〜胃が痛いッスわ。

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2005.04.02

フリーフォントといえども

050403

久々に本業に関わる話をしてみる。

auの携帯電話PENCKの一連の騒動について。簡単に説明すると、
なにやらテンキーや記号にフリーフォントが使われていたが、
さもサイトウマコト氏がデザインしたように言われていたという。
その後KDDI側が謝罪したことで収束に向かっているようだ。
【参考サイト】

まぁ、これは言い訳できへんわなぁ。
あまりにも似すぎている…というか、そのまんまやん。
(勝手にいらうのも問題か)

サイトウマコト氏は著名なデザイナーのひとりであるけど、
今回の件では、土がついてしまったかなぁ。ちょっと残念。
フリーフォントといえど、商用利用するときには注意が必要。
プロダクトとなれば、なおさら。
このフォントを選ばなくとも、もっと同じようなウェイトで
芯(骨格)がしっかりした文字を選ぶなどの選択肢は
あったはず。

ただ、これは少しでもデザインに関わっている人間としては、
他人事ではない。ボクらにもその可能性がないか?といえば
どうなんだろう。
フリーフォントで自分の思っているものは、そうないので
使う機会がない(探しきれてないのもある)。
妥協点として、一般的なモリサワとかになる(笑)。

Macの中では自由に使えてしまうだけに、
ちょっと意識していないと、こういったことになるのかも。

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